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京都市の広隆寺にある「弥勒菩薩半跏思惟像」は、日本の国宝第一号に指定されており、そのスジではちと有名。
右手を顎にそっと沿え、優しい顔をしている優美な仏像としてかなり有名(右の写真は、それをモチーフにしたモニュメントで、太秦映画村にあった); 本物は画像検索してみそ)。
弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつ・はんか・しゆい・ぞう)というヤヤコシイ名称でもある意味有名。
「弥勒菩薩」とは、56億7千万年後に現われて衆生を救う予定になっている修行者。「半跏」とは、一方の足を下げ、もう一方をその上にのせるポーズ。「思惟」とは懸命に考えること。「像」とは何かの形をまねて作ったもの。
つまり、「弥勒菩薩半跏思惟像」とは、弥勒菩薩が将来衆生を救うための方法を一生懸命思案している姿をかたどった人形であるということができる。
超有名仏像なので、一度見てみようと思って、京都市太秦にある広隆寺を訪問した次第。
京福電気鉄道嵐山本線(通称「嵐電」)の「太秦広隆寺駅」で降りれば、門まで徒歩30秒(赤信号にひっかかると2分くらい)。嵐電は路面電車であり、もの珍しくもあり、それがまた楽しい。
西国愛染十七霊場の11番、三重県伊賀市の愛染院に行ってきた。
伊賀市は、俳人・松尾芭蕉の故郷とも知られ、彼の生家は愛染院から歩いて5分ほどのところにある(参考地図)。そして、この寺は松尾芭蕉の菩提寺だそうだ。
久しぶりに西国愛染十七霊場ツアーに出かけてきた。今日は三重県の愛染さんを巡ることに。
初めに向かったのは、三重県亀山市にある九関山宝蔵寺・地蔵院。
ここは東海道47番目の宿場「関宿」付近であり、交通の便は比較的良いし、古いお茶屋などもあって雰囲気がよかった。
西国愛染十七霊場の九番札所である覚性律庵(かくしょうりつあん)にお参りした。
事前にしっかり下調べをしなかった僕のミスなのだが、このお寺では年に一度 8月1日に愛染明王のご開帳がされるそうである。
4日後じゃん!しかも、土曜じゃん!めったにない機会じゃん!
普段は、厨子の扉に愛染さんの絵を前立として飾っているそうです。お堂の襖も自由に開けてよいとのことだったので、絵だけ見仏してきました。
僕の知る限り、東寺には宝物館と観智院で愛染明王を見仏することができる。僕も今年の3月に見てきた。
場所は分かっているので、小雨の降る中ルンルン♪と出かけたのだが、公開日のチェックを怠っていたため、見仏できなかった。特別公開は原則的に1/1-1/5、 3/20-5/25、 9/20-11/25の年3回だそうだ。愛染明王を見仏したい人は、スケジュールをよくチェックすべきだろう。
当方の愛染さんツアーにおいて、最大の難所になるだろうと予想されていた岡山県にある大聖寺を無事に制覇することができた。
この寺には1万株を超える紫陽花が植えられており、通称「あじさい寺」だそうだ。シーズンは6月から7月中旬にかけてだそうで、今日はもう終わりかけであった。それでも、まだ花をつけている株がたくさんあったし、花弁の大きいものや小さいものなど、名前は知らないけれどいくつかの種類があることはわかって、なかなか楽しめた。今度は、満開の時期に来たいものである。
また、境内には役所広司と古手川裕子の立像があった。1984年にNHKで放映されたドラマ『宮本武蔵』に登場した武蔵(役所)とお通(古手川)の像だそうだ。
ドラマの原作は吉川英治の同名小説。その吉川英治が同作の執筆中に、大聖寺に滞在して構想を練った縁などがあって、この像が制作されたらしい。武蔵が三日三晩大木に吊るされ、反省をするというシーンがあるそうなのだが、その大木のモチーフとなったのが同寺門前の大銀杏だと伝わっているそうだ。
昨日に引き続き、愛染さんの御朱印を獲得すべく、兵庫方面にドライブ。
まずは、神戸市内にある須磨寺へ。
愛染明王が奉られているのは、須磨寺の仁王門前にある正覚院。寺の前のコインパーキングの正面にあたり、アクセスしやすい。
提灯にも愛染明王と記されており、愛染さんが主役のお堂になっている。
大きなガラス張りで公開されているので、見仏しやすい。2m弱ほどありそうな像なので迫力もある。堂の明るさも程よい。
「先日、テレビでキリスト復活を検証するという、BBC制作の番組を見まして。その番組によりますと・・・」
仏教徒の模範であるべき大龍寺の住職に、いきなり他宗教の、しかもかなり重要な位置を占める教義について話を伺うことになるとは。
今しがた、とても立派な寺で朱印状を書き上げていただき、冷たいお茶も出してもらった。お茶はまだ半分残っているし、それよりも大切なこととしては、僕はまだ朱印状の代金(300円)を支払っていない。こんな状況では、そそくさと逃げ出すわけにも行かない。
なぜ俺は仏教徒からキリスト教の話を聞かなきゃならんのかと思いながら、その不可解さと緊張感が顔に出ないように慎重に表情をつくろい、興味深そうな眼差しで話の続きを聞く。
「・・・であるからしまして、キリスト教の教えの中心には "愛" があるわけです。仏教も似たような概念がありまして、それを "慈悲" といいます。他人をいつくしみ、思いやることです。」
ああ、なるほど。キリストをマクラにして、ちゃんと仏教の話に繋げるわけか。
なかなかの話上手ですな。
「しかし、仏教では基本的に "愛" そのものは扱いません。そのような仏教の教義の中で、愛染明王は独特で、"愛" そのものに踏み込もうとしていらっしゃる明王なのです。」
そして、ちゃんと僕が愛染明王以外に興味が無いということも見抜き、そこにフォーカスして話をしてくれる。
なかなかのやり手だ。
愛染さんスタンプラリーの第4弾は、神戸市灘区、摩耶山頂にある天上寺。
長くて曲がりくねった道(ここで Paul McCartney の歌声が聞こえた人、気が合うね)を、半分車酔いしそうになりながらズンズン登る。当方のシャア専用 WiLL CYPHA の1300cc のエンジンも苦しそうだし。
ヘアピンカーブの連続で、ほとほとイヤになって引き返そうかと思った矢先、道の両サイドからアジサイが目に飛び込んできた。沿道に延々とアジサイが植わっていて、ちょうどシーズンで美しかった。想像力を少々働かせれば、アジサイのじゅうたんの上を走っているような錯覚も得られる。
右の写真は天上寺へ歩いてる途中の写真。アジサイが少ないのが残念。運転中はもっと密度の高いところも通ったのだけれど、さすがに写真は撮れなかった。
そしてまた、神戸の町が見下ろせるので、夜景で釣って女の子を連れ込むのも良さそうだなぁと、邪なことで頭がいっぱいになったり。
昼はアジサイ、夜は夜景。最強じゃないか。
そんな邪念を抱きつつ寺に参拝していいものかと思わないではないが、当方の目的は愛染明王の見仏である。愛染明王といえば、愛欲を追求することを通じて悟りを開こうとする明王だ。むしろ雑念でいっぱいになりながら参拝した方が、好都合ってもんじゃないか。
そんなわけで、いつかデート(デート?デートなのか!?)でここに来ようと思った。
愛染さんのスタンプラリーの第3弾として、神戸市北区道場町にある鏑射寺へ。
冒頭の御朱印写真が暗いのは、薄暗い本堂の中で、愛染明王の目の前で撮影したから。そういう意味では、霊験あらたか・・・かもしれない。
西国愛染十七霊場の朱印帖は専用のものが用意されていて(たしか、2000円くらい)、各霊場のページが用意されている。見開きの右側に寺の名前や詠歌が印刷されていて、左側のページに貰い受けた朱印を貼り付けるようになっている。添付用の朱印状は、その場で書いてくれる寺もあるし、事前に書いて用意してあったものに日付だけ書いてくれる寺などもある。後者は、ちょっと興ざめだ。
鏑射寺では、イケメンの住職さん(みうらじゅん用語で「イケ住」)が目の前でサラサラと書いてくださった。その立ち居振る舞いも優美なのに、文字は力強くて感動した。
午前9時半に家を出発、のんびりと車で2時間弱かけて兵庫県西宮市まで来た。
理由は、西国愛染十七霊場の御朱印集め(通称:愛染さんのスタンプラリー)。西は岡山県から東は三重県まで、近畿地方で愛染明王が奉られている寺を巡るという趣旨。
必ず番号順に巡らなければならないと定められているわけではないが、なんとなく気持ち悪いから番号順に周ることにした当方。
そんなわけで、2番霊場の松泰山・東光寺へ。
この寺は通称「門戸厄神」と呼ばれている。阪急今津線にその名を称した駅があることは知っていたのだが、訪れるのは初めて。
これまで寺に参拝しても、朱印集めには一切興味を示さなかった当方が、ついに朱印帳デビューを果たしましたよ。
西国愛染十七霊場を律儀に1番から順に周り始めたのですよ。
愛欲を昇華して悟りを開くという愛染明王の、どこか下種な感じが大好きな当方。しかも、赤くてかっこいい。手に弓矢を持ってるのでキューピッドぽいところも可愛い。とにかく、ベタ惚れだ。
西国愛染十七霊場ツアーに旅立つことはずいぶん前に決めていたのだが、なんと1番霊場の勝鬘院・愛染堂の愛染明王は、1年のうち年始(12/31深夜 - 1/7)と夏(6/30 - 7/2)のたった10日ほどしか公開されない。朱印だけ集めればいいってもんじゃなくて、ちゃんと愛染明王も見仏したいじゃないか。
そんなわけで、勝鬘院の愛染明王が公開されている今日、ついに西国愛染ツアーが幕を開けた。
昨日は紀伊半島の東側の三重県を攻めてきたので、今日はバランスをとるために、西側の和歌山県を攻めてきた。
ストイックに車で走るだけで、どこにも寄り道をするつもりはなかった。しかし、国道42号線で和歌山市南部を走行中、正面の山の中腹、生い茂る木々に埋もれるようにして綺麗なお堂が見えてきた。すばやくカーナビに目を移すと、「紀三井寺(きみいでら)」と記されており、所在も主要道路から近かったので立ち寄ってみることにした。
日本における絶世の美女の一人と言えば、小野小町。
その小野小町の邸宅の跡地だと伝えられているのが、京都市の随心院だ。
境内には、小野小町の代表作(古今集、小倉百人一首に収録)の歌碑も建てられている。
花の色は 移りにけりな いたづらに
我が身世にふる ながめせしまに
解釈は
「桜の花の色は、はかなくあせてしまったことだなあ。長雨が降り続く間に。同じように、私の容姿も空しく衰えてしまった。もの思いにふけっている間に。」
だそうだ。自分の容姿の衰えを、散りゆく花(桜か梅かは、意見が分かれるらしい。ちなみに、随心院には小町にちなんだ梅園がある)にたとえて嘆いている歌だ。技巧的には、長雨と眺め(「ながめ」)、降ると経る(「ふる」)という2対の掛詞を使っている点が感傷ポイントらしい。
#以上、吉海直人・監修『一冊でわかる百人一首』(p.36)より。
先日、いとう・みうら『見仏記 ゴールデンガイド篇』を読んでいたら、京都市の醍醐寺にも愛染明王があると書いてあった。
敬愛する愛染明王さえあれば、当方は全国津々浦々どこにでも出かけていく気満々である。
愛染明王の展示されている醍醐寺の霊宝館は春と秋の限られた時期しか公開されていないらしい。しかも、春の公開が5月6日までとのことなので、今日を逃すと半年以上おあずけをくらうことになる。
そんなわけで、超ダッシュで行ってきた。
しかし、結論から先に言うと、目当ての愛染明王を拝観することはできなかった。寺の人に話を聞くと、霊宝館の展示物は時期によって変わるらしい。そんなわけで、今回の公開では愛染明王は展示されていなかったのだ。
ちょっぴり残念だけれど、秋の公開時に展示されることを期待。境内のあちこちにたくさんのモミジが植えられていて、紅葉狩りがてらに再訪するのもよかろう。モミジの赤と、愛染明王の赤の競い合いは想像するだけでまぶしい。
愛染明王は見れなかったけれど、醍醐寺はそれ以外にもたくさんの見所があって、とても楽しめた。
見仏記の中で、みうらじゅんが最愛の仏と告白しているのが、京都府南部・木津川市加茂町にある浄瑠璃寺の吉祥天女像だ。
ここの吉祥天女像は秘仏であり、1年の中で限られた期間しか拝観することができない。今がちょうど春の公開期なので見仏に出かけてきた。
そばには岩船寺もあるので、あわせて訪ねてきた。
京都の五重塔で有名な東寺(教王護国寺)が春季特別公開(3月20日-5月25日; 秋は9月20日-11月25日)をやっており、普段は公開されていない仏などを見学できるので、出かけてきた。
有名な五重塔の内部にも入れるし、東寺には当方が恋する愛染明王もいらっしゃるという情報をGETしていたので。
拝観料は、中心部(五重塔、金堂、講堂)・宝物館・観智院(別院)の3箇所共通券で1300円だった。
桜には微妙に早い時期だったけれど、ちらほらと咲きはじめていた。右の写真は、花を付け始めた枝垂れ桜の下から五重の塔を眺めたところ。満開になったら、凄くきれいなんだろうなぁ。
さて、五重塔に入ってみたのだが、1644年建立というわりには内部の彩色がよく残っていた。照明が薄暗くハッキリと見て取ることはできなかったが、天井や柱には極彩色の花や葉が描かれていた他、四方の壁には弘法大師を初めとする高僧の肖像が描かれていた。
四方に向けて4躯の如来像、正方形の塔の4つの頂点に向けて2躯ずつ計8躯の菩薩像が安置(厳密には、そのうち2体が宝物館に出張していた)されていたのだが、いずれも金箔がきれいに残って美しく輝いていた。
当方宅から車で約20分、木津川市山城町にある神童寺に当方の大好きな仏像である愛染明王が収蔵されているという情報をGETしたので、早速面会に行ってきた(右写真; 木津川市のサイトより)。
当blogでは頻繁に愛染明王が登場しているのでメジャーな仏像かと錯覚してしまう読者もいるかもしれないのだが、それは当方が愛染明王を狙って見仏しているからであって、普通はそんなにお目にかかれるわけではない(きっと)。
しかも、神童寺にあるものは、天に向かって弓矢を引いている「天弓愛染明王」と呼ばれるタイプだ。今まで当方が見てきた(といっても2回だが)愛染明王は、いずれも弓と矢を持っているのだが(これは愛染明王の定番グッズ)矢をつがえているものは見たことがなかった。
天に矢を向けることの意味は知らない当方だが、愛染明王に恋している身の当方としては、キューピッドの愛の矢よろしく、その矢で射抜かれてみたいものである。
近畿地方を横断する木津川という川がある。この川は三重県伊賀市に発し、最終的には淀川に繋がって大阪湾に流れるわりと大きな川である。
途中、当方の住処の近所である京都府木津川市を経由する。国道24号線が木津川と交差する位置にかかっているのが泉大橋である。長さ400m弱で片道一車線だが、鉄骨で組まれたなかなか立派な橋だ(参考記事)。
この橋の前身は、西暦700年頃に行基によって造られたそうだ(wikipedia で行基を調べる; 近鉄奈良駅前の行基像は奈良の待ち合わせポイントの一つだね)。
その当時、泉大橋を管理・守護するために建立されたのが、泉橋寺(せんきょうじ)だ。
木津川の土手から少し下がったところにあり、境内はとても小ぢんまりとしている。およそ30m四方の広さしかなく、建物も小さなお堂が二つ三つあるだけで、あとは墓石が30基ほど並んでいるだけだった。しかし、庭の植物はきれいに手入れがしてあり、眺めていると落ち着く。
寺の周囲も民家が多く、僕以外の人影もないし、とても静かな環境だった。
周りには製茶所がいくつかあり(サントリーのお茶・伊右衛門に記されている福寿園という茶メーカーの本社は、実はここのすぐそばにある)、お茶のいい香りが漂ってくる。心も穏やかになってくる。
そんなわけで、隠れたリラクゼーション・ロケーションだと認定。ナチュラル・トリップできそうだ。
しかし、泉橋寺のポイントはそれだけではない。
いとうせいこう & みうらじゅんが『見仏記4』において、その長く険しい石段を「オヤジ殺しの階段」と称している室生寺に行ってきた。
#みうらじゅんの仏像探訪記[室生寺篇]も参照のこと
山の中腹に建物が点在しており、それらを見て回るためには石段を登っていく必要があるそうだ。
その石段がかなりキツくて、みうらじゅんが「オヤジ殺しの階段」と勝手に名づけたものだ。


